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03.2022

 わずかな晴れ間を見逃すまいと留意しながら、すこしだけ外出の頻度を増やす。まるで私自身が、だんだんと春へ近づいてゆくように。こうして愚かな人間は、暗澹とした寒さを脱ぎ捨て、冬の重みを何度だって忘れてしまう。

 同時に、誰の身にも等しく訪れた未曾有の不条理から、丸二年が経った。目の回る速度で変化していく情勢の渦中に身を置きながら、諦めと赦しはこの瞬間にも加速する。矛盾するようだが、見通しの立たないことが次から次へと起こる状況下に変わりはない。それでも、世界は次第にきっと、やさしさに支配されていく。

 かつて、自分の信条を懐疑的なまなざしで観察していた時期が、たしかに私にもあった。克服した瞬間を明確に思い出せないのは、きっとそれが大きな変革ではなく、小さな変化の集積だったからだ。私は、私が積み重ねたものによって構成されている。それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、それでいい。過去の継続に価値があり、継続が未来の価値になる。今なら、胸を張ってそう言える。

 けっして未だ長いとは言えないこれまでの人生で、しかしすでに私は、数えきれないほどの出会いと別れを経験した。自分と他者との間には、常に適切な距離が必要だと元来信じている私にとって、それは特筆すべき項目ではない。特に私が生まれ育った国においては、ひとの環境が顕著に変わる時期はある程度決まっている。どれほど願っても、木々が、花を咲かせ葉を散らすのを止められないのと同じで、その運命は誰にも変えられない。そのうえ、それはいつだって突然に訪れる。だから、慣れたと思っていた。感慨など、とうに捨て去ったとも。

 その考えを改めざるを得なかったのは、まるで今までとは立場が変わったからだ。今にして思えば、これまでは特定の場所にだれかを残して自分が去り、見送られることがほとんどだった。ところが、なんの因果かこの頃は、見送るほうが圧倒的に増えたのだ。それは同時に、あたらしい出会いが待ち受けていることも意味するのだから、純度の高い喜びの享受にほかならない。しかしそこには、わずかだが確かな淋しさを覚えている私が存在する。既存の感覚を組み合わせて、冬の終わりとともに起こる化学反応。自分自身が、地球上で唯一感情を持った生き物なのだと思い知る瞬間だ。そうだとしても、ただ穏やかな気持ちでそれを受け止めるだけなのだが。

 

02.2022

 痛みを伴う厳しい寒さに、もう何度打ちのめされてきたのだろう。そしてその厳しい寒さに呼応するようにして私は、しかし呆れるほどに冬を愛していると、もう何度思い知ったのだろう。とはいえ、外気の冷たさに耐えられず、家にこもる時間は増える。それに比例して、自分自身と対峙する時間も当然のように長くなった。言わずもがな、すでに気が遠くなるほどしばらくの間、どこへも行かず誰にも会わない状況は続いている。それでも、驚くことに私はきっと、この時をずっと、待ち望んでいたのだと思う。

 つまりはひとりに没入しながら、ここへきて私はまた、耐えがたい決別を経験した。孤独と別れは共存しないものだと信じて疑わなかったが、わからないものだ。大袈裟でもなんでもなく、身体に癒着した部品を無理やり引き剥がして手放すような行為に、私はひどく動揺した。しかし、我を忘れるほど取り乱しても、そんな自分をいつだってどこか俯瞰で眺めている自分がいると、さらに自分でまた気づく。かつては持て余し、どう埋めようかと苦労し続けた、広い広い空間。今の私なら、必ずうまく使うことができる。

 ずいぶんと執心していた記憶の棚卸しが、佳境を迎えている。ここのところ、昔の記録や古い歴史の中にこそ新しい発見があると思わされてばかりだったが、それは自分のこととても同じかもしれない。だって、画面の中で一心不乱に生きる少女を見て、思わず笑ってしまうのだ。光に包まれ、愛そのものとして存在する彼女のことを、私はずっと知らずに生きてきたなんて。彼女がこの先、どこを探しても見当たらないと思い込んで歩き回ることになる答えを、実は生まれた時からその身に纏っているだなんて。あまりに滑稽で情けなくなるが、大人の私は意地悪だから、しばらくは黙っておくことにする。

 そんな中、とりわけ輝く思い出を取り出して眺めたら、偶然だろうか、それもまた2月のことだった。そう遠くない、冬の日。寄る辺ない不安と淋しさを抱えて、飛行機の中でひとり泣いている若き日の私がそこにいる。そして、彼女が窓から見た朝焼けが、世界をひっくり返すほどの美しさだったことを、今の私は知っている。そう考えてみると、温かいものの温かさに気がつけることも、冬を愛する理由のひとつかもしれないな。

 

01.2022

 わずかな晴れ間に空を見上げれば、白鳥の群れが飛来していた。凍てつく始まりに背筋が伸び、私はすべてを寒さのせいにして、あらゆる扉を閉め切った。そうして意識的に外界を断絶し、いつかの冬について考える。誰かの隣で、たしかに共有した時間も存在したはずなのに、今となってはほとんど何も思い出せない。鮮明な記憶として残る景色の中に、私はいつだってひとりで立っている。ときどき、確認までにと前置きして、淋しいかどうか自問してみたりなどする。答えはいつも曖昧で、鏡の中の私は、そんな感覚は遥か昔に、どこか遠くへ置いて来てしまった、とでも言いたげな顔で私を見るだけだ。

 結果として、またひとつ大きな試験を受けて、望み通りの場所へ一歩近づいた。ため息まじりに笑みがこぼれる。これでまた彼女は、ひとりに没入していける閉鎖的な冬が、実利を伴うことを知ってしまったな。

 自分の身体を実験台にして、あれもこれもと試して遊ぶことを、相変わらずやめられない。人間の、とりわけ女性には興味深い機能がたくさん備わっている。そのひとつひとつを俯瞰で眺めていくと、どうにも神秘を感じざるを得ないのだ。

 そんな不思議に満ちた身体を使って、私は今日も運命を弄ぶ。おどろくような化学反応が起こるときには、面白くて、思わず声を上げて喜んでしまう。しかし冷静になって考えてみれば、すべては最初から定められていて、ただ神様が書いた脚本の上を踊るように歩いているだけのような気もする。あまりにも精巧に作られているものだから、つい惑わされてしまうだけで。だとしたら。だとしても。良いように操られる人形に徹して生きていくのも悪くはないかもしれない。だって私は、ただの道化師なのだから。

 

12.2021

 どんなに生きることに長けた者であっても、その慌しさに奔走する月。まるで神様から未熟者の烙印を押されたような存在として不器用に生きている私にとって、それは「まともに立っているのがやっと」という状態を意味する。これまでの常識が次から次へと変革を起こしている最中、あらゆる事象を全力で、概念ごと壊して走り続ける日々だった。たとえ自分の前に用意された道が、綱ほどの頼りない太さしかなかったとしても。必ず向こう側に行けると信じて、ただ、走るしかなかった。

 そんな緊張感に支配された毎日を送りながら、追い討ちをかけるようにして、私はささやかで確かな誓いを自分の中に立てる。決意したことをわざわざ形にするなど、愚かしいだろうかと一瞬自問するが、その考えはすぐに打ち消した。大丈夫。きっとこれなら、無垢を携えた瞳のように輝いて、いつでもその光で、私を守ってくれるだろうから。

 そうしていつでも身に着けることに決めた、「永遠の愛」を意味する石。光にかざして眺めようと思えば、外気に触れた指先が、感覚を失い痺れていることに気がつく。冬は、気がつけばいつも私に寄り添い、包みこむようにして、この身体から余計な熱を奪うのだ。

 紛れもなく、この世界は自分自身が構築している。あまりに信じ難く、しかし同時にそれを認めざるを得ないような出来事で、全身が満たされていく。仮説と検証を幾度となく繰り返した末たどり着いた結論は、直感を信じるしかないのだという事実だった。森羅万象は繋がっていて、自分が変われば世界も変わる。責任感の強さを自負しながら生きる人間にとってそれは、思わず武者震いするような前提かもしれない。

 しかしながら、それがまったくの早計である可能性も捨ててはおけない。もう少し、あと少しで到達できると確信したところで、幻のようにふわりと逃げられてしまうのが、真理の真理たる所以でもあるだろう。油断は禁物だ。結局こうして気の抜けない日々が続いていくのだろうが、結果としては、善く生きた一年だった。差し当たり、そういうことにしておこう。

 

11.2021

 外へ出て、身体の中へあたらしい空気を通すたび、寒さが色濃くなるのを感じる。毎年そうであるように、いつ訪れたのかもわからない秋は、今年もまた、いつの間にか去ろうとしていた。

 疑問がつぎの疑問を呼び、相変わらず私は、自分自身の好奇心に弄ばれながら過ごしている。身につけた知識を実践として使う場面が目に見えたことは、ひとつの大きな喜びと言えるだろう。はっきりと分かるのは、新しいものと古いものは常に表裏一体で、自分と他人は地続きで、なにごとも限度を超えないほうが賢明だということ。あとは、どんな問題もきっと解決できると信じて、循環の頻度を上げながら作業を洗練させていくだけ。長い目で見ればこの世界は、楽しいことしか待っていないかもしれないな。

 それがどういう文脈であれ、環境を変えることは即ち、自分の置かれている立場にも変化が生じることを意味する。そうして今までとは違う視点で世界を観察する場面に遭遇すると、ときおり、過去の自分自身が張った伏線を、今の私が回収しているような錯覚に陥ることがある。すべての出来事にはかならず意味があって、無駄なことなどほんとうに、ひとつもないのだと腑に落ちる瞬間だ。

 いっそのこと、頭を強く打って忘れてしまいたいというような過去が、かつての私には数え切れないほどあった。世界のすべてを呪いながら毎日を食いつぶすようにただ生きて、涙すら枯れてしまったと思うほど辛い時期があった。あの頃の私に会えたら、と、夢想する今、過去の自分にかけてあげたい言葉は決まっている。どんなに苦しくても、大丈夫。その痛みは、やがて強さとやさしさに形を変えて、かならず愛に還元されていくから。

 

10.2021

 運命の糸を手繰り寄せながら、やわらかな枯れ葉の絨毯を踏んで歩く。一歩、また一歩と前へ進むたびに、陽の光は繊細さを増してゆくようだ。いつの間にか訪れていた秋の、淋しさだけではない一面を私は、きちんと自分の手に収めることができているだろうか。

 最近の私は、自分自身のために生きることが、巡りめぐって他者のためにもなるということの実感を得つつある。自分を愛すれば愛するほど、呼応するようにして世界もまた、愛で溢れていく。どこにいても何をしていても、自分が欲しいものは、それを強く望んで歩き出せば必ず手に入る。それは往々にして言語化できない感覚であり、確証などはない。ところが稀に、自分が今まで積み重ねてきたものが、誰の目にも明らかなほどの結果として表れることがあるのだ。予期せず訪れるその瞬間を、私はいつでも純粋な驚きとして受け止める。それは淡々と課題を消化していく毎日への刺激であり、場合によっては、ある種の起爆剤にもなりうるのだが。

まるで病に侵されたかのように手放す日々は、今も続いている。かつての自分が、長い間たしかに必要性を感じていたもの。そのひとつひとつと真摯に向き合って判断を下すたび、比例するように集中力が高まっていく。自分にまつわるすべてのことがらに対し、できる限りの責任を負うこと。すこしの勇気を味方につけて、自分の運命を試す作業。昔は怖くて仕方なかったはずなのに、今はそれが、楽しくて仕方ないのだから笑ってしまう。

 そうして軽やかに舞うように歩いているうちに、きっと気づけば、吐息は白くなる。儚くも愛しい寒さを、私は今年もまた、迎え撃つのだ。

 

09.2021

 去り切らない夏の気配に、密やかに近づく秋を想う。気がつけば、また私は季節の狭間に立っている。目に見えない変化は、外気のそれだけにとどまらない。昨夜、目をつむる前に常識だったことが、今朝、目が覚めたらもう跡形もなく消え去っているなどということを、つい最近、思い出せるだけでどれほど経験しただろうか。そして、それをただあるがままに受け止めるなどという術を、私はいったい、いつ身につけたのだろうか。これが「大人になる」ということなら、もしかしたら本当に、そうなのかもしれない。だって私は事実、またひとつ、歳をとったのだから。

 あるひとつの指針に基づいて歩き始めてから、しばらく経つ。それまで、私はなにごとも、自分ですべてを選び取り決めてきた。そしてそれはこれから先も、ずっと変わらないのだと思っていた。たしかにある種の事実として、それは今も私の中に生き続けている。

 しかし同時に、自分の意思などまるでそこには存在しないかのように、私はただ、光に導かれて歩いている。最初にそう自覚したのは、果たしていつのことだろうか。光が示すものと、自分で選ぶものが必ず一致する。それがけっして偶然ではないことを、初めは怖いとすら感じた。本当にこれでいいのだろうかと、いまだに、時折つい自問してしまう。どれほど私が問いかけようとも、光はいつだって、ただ静かに、行き先を照らすだけなのだが。

 

08.2021

 精神を蝕むほどの暑さに目を瞑りながら、自分にとって大切な、ふたつの課題に着手した。その枕詞に「大切な」などという形容詞がつくことなど、数年前の私には想像すらできなかっただろうと思う。そんな、いわばある種の意外性を孕んだ、短期的な挑戦。人知れず実行し、それぞれと決着をつける形で結末を迎えた。いつもと違うのは、それらの課題がいつも以上に、きわめて結果の良し悪しを問わないという点だ。もはや面白さすら覚えてしまったのだが、「意外性を孕んだ挑戦」には、「意外な結末」が待っていた。

 こういうことを繰り返すたび私は、ものごとへの向き合いかたが、どうしようもなく不器用だと自覚する。それは言わずもがな、昔からずっとそうだ。いちど標的を決めたら、精根尽き果てるまで対峙しなければ気が済まない。私は結局、そういう自分自身のことを愛しているのだ。それも分かっている。しかしながら、だ。せめてもう少しだけ、この身体を「うまく」使うことができれば−と、儚くも夢想することがある。悲しいかな、それは決まって、すでにほとんど抜け殻と化した頭の片隅で、なのだが。

 一般に「成長」とは、相対評価に依るところが大きい。即ち、自分自身でそれを実感として受け取れることはそうそうない、ということだ。ただし、当人が自身にまつわる情報を、ある一定の観測点から、記録として残しておいた場合は例外だ。

 それを念頭において始めたことなどひとつもないが、結果的にそういう見方をできることなら、私にはたくさんある。なにかを地道に続け、すこしずつ積み重ねていく作業。そして、その作業がもたらしたいくつかの軌跡を、ある地点ごとに比較するとき、私はとてつもなく甘美な気持ちになるのだ。息を切らして走り続ける日々は、いつだって永遠には続かない。呼吸を整えるためにふと立ち止まった折、私を救ってくれるのは、いつだって過去の私自身が残した、温度を持たない記録たちだ。事実と現実を見つめる中で、徹底的に他意を排除しようと足掻いた証。誰のためでもなく、私が私を愛そうとした何よりもの印。だからこれも、きっといつかは。

 

07.2021

 夏が来た。あまりの暑さに呼吸を忘れて、それを逆手に取るような集中力で勉強する日々が続く。なにかに没頭するとき、ステレオのボリュームをすこしずつ下げるようにして世間から解離するのは、昔から変わらない癖だ。あなたは浮世離れしている、と他人からときどき評されるが、それはこういうところに由来するのかもしれないな、と自嘲気味に思う。

 そうしてノイズを遮り、特定の分野にかんする知識を深めていくにあたり、何冊かの本を読んだ。名著と呼ばれるものばかりに手をつけたおかげで、読みすすめるたび、身体に圧力がかかる。自分の心臓が波打つ音がうるさいくらいに聞こえて、手がふるえた。本当に洗練されたものは、いつだって脳を揺さぶるような衝撃を与えてくれる。そして、人はいつでも、何度でもこうやって、なかば手軽に自分の人生に革命を起こしてしまうのだ。これだから学ぶことをやめられない、と思う。私にとってきっとそれは、ある種の麻薬みたいに作用する。

 自分の行為が招いた結果を受け取った日、恐れていたような悲しみは訪れず、拍子抜けした。同時に、なにもかもに対する必然を感じる。自分にしかわからない種類の納得がそこにはあって、私はただ静かに、あるがままに、それを受け入れた。

 真逆の性質を持っているように「みえる」ものたち。それらは各々、手が届かないほど遠い場所に置かれているのだと、私はずっと思い込んでいた。しかし、淡々と歩き続けるうちに、すべては背中合わせなのだということを知る。昼と夜が交互に訪れるように、光があるから影ができるように。そしていつかきっと、善も悪も、概念の海に溶けてなくなっていく。−ああ、穏やかなまなざしで見つめた先の世界は、いつだって呆れるほどに美しいな。

 

06.2021

 止まない雨の音に耳を澄ませ、憂いを孕んだ空気で肺を満たす。湿気にやられて、自分の身体までもが重さを増したかのように錯覚しながら、雨を飲んで生きる美しい花たちを眺めた。

 満足に外出できない状況を利用して、いくつかのことを始めてからしばらく経つ。きちんと観察すれば、それらはどれも、かつての私が目を逸らしていたことにほかならない。うつくしい魂をいれておく器のことも、うつくしく磨いたっていっこうに構わないのだ。そう自分自身に許して久しいが、つい最近まで無視していたぶんの反動とでも言わんばかりに、物理的な痛みを伴うから、思わず笑ってしまう。しかし、その痛みすら愛で包んで、自分だけのものとして受け止められるようになった今の私を見たら、過去の私はいったい、どんな顔をするだろうか。

 この時期になると、かならず思い出す人がいる。そして、彼が人間としてではなく、光そのものとなって私たちを照らすようになった日、季節は梅雨だというのに、まるで冗談みたいに快晴だったことを、今もはっきりと覚えている。私にとって、「忘れたくないこと」と「忘れられないこと」が合致する例は、そう多くはない。感情の、感覚の、ひとつひとつが未だに手触りや温度として残っていて、記憶の扉を開けるたび、反射的に泣いてしまうほどのできごとは、今のところこれだけかもしれない。

 裏を返せば。いや、だからこそ。この時期に雨が降るのだろうか、とも思う。悲しみを灰色の空に隠して、苦しみを水に流してしまいたいと願う、ちいさな人間の気持ちに対する、天からの赦し。素直に受け取って、自分の弱さも脆さも受け入れたら、雨が降り出す前よりきっと、私は強くなれる。太陽が顔を見せる頃にはきっと、私はまた歩き出せる。だからどうか、今だけは。

 

05.2021

 どちらへ行こうか迷い続ける空模様に呼応するように、何度か体調を崩した。五感で享受するものすべてが夏をはらんでいてまったく困惑するが、それを言い訳にできないまま私は、ひとつの大きな課題に挑む。それはたしかに、必要なものをひとつひとつ選び、揃えていく作業。すこしの油断も、ささいな妥協も許さない姿勢をとりながら、神経をすり減らす日々が続いた。しかし割に合わず、ものごとは水の中を歩くような速度でしか進まない。苛立ちを覚えながら、酸素を求めて水面から顔を出した私は、喘ぐように肺へ空気を取り込みながら思い出す。10年前もこの場所で、こうしてひとり、もがいていたことを。

 この課題に取り掛かる前、すこしだけ怯んだ瞬間があった。もしかすると、これが済んだら私は、燃え尽きてしまうかもしれない、と。それでも。それでも、挑戦する意味があるなら、選択肢はひとつだ。そうやって覚悟を決めたことも覚えている。しかし、終わってみるとなんてことはない。ただ呼吸がいつもの速度に戻り、次への指標が見えただけだった。

 ほんとうに欲しいものは、自分の手で作るしかないのだということに気がついたのも、思えば10年前だった。そして、あの頃と今の私で異なる点といえば、これからあらゆるものを拾う者か、それとも、あらゆるものを手放した者か、ということだ。この10年間を回顧するつもりは毛頭ない。というより、黙っていても、結果が必ず物を言う。だから、無駄なことはしない。同じ零でも、質が違うのだ。

 母語と、いくつかの外国語の間を行き来しながら、写真を撮る。気がつけば、ほんとうに笑ってしまうほど、毎日がただ、その繰り返しだ。すなわち私は、気がつけばずっと「言語」に触れている。両者の違いは、読み書き話すか、それとも見るか、ということだけだ。文字を書いているときは、その強さに鼓舞され、映像を見ているときは、その柔らかさに救われる。どちらかの力に降伏しそうになったら、もう一方へ逃げればいい。ずるい処世術かもしれない、という自覚はある。しかし一方で、私は自分自身の操縦が上手くなったな、と感心もする。だから、これでいい。

 散歩しながら、街路樹たちが目に見えない速度で成長しているのを肌で感じる。すこしずつでも、確実に。さあ、今年も夏が来る。

 

04.2021

 かねてより機会を待っていたことに、着手した。それはまるで自分自身の中に、毎日ちいさな革命が起きるような習慣だ。何かをひとつ覚えるたびに、頭の中でぱちぱちと火花が散っているような気がする。これをやるなら今しかないと、時期を見逃さなかった自分自身を褒め称えたいが、その余韻に浸る暇もなく日々は過ぎ去っていく。

 いつでも、何事に対しても全力で挑むところを、自分自身の長所だと自覚している。そしてそれは同時に、短所になりうるということも。つまるところ私は、極端なのだ。全開で踏むことしか許されないアクセルを積まれただけでなく、ブレーキまで取り上げられてしまった車のように。出荷された瞬間から、燃料が切れるまで「走り続ける」という選択肢しか用意されていないから、しばしば自分自身を制御できなくなる。

 そうやって息を切らしながら、ふと周りを見渡して驚いた。爛漫としていたはずの花々たちが、いつの間にかその姿をすっかり若葉に変えている。まったく、これだからかなわない、と思う。洗練されつくしたその変化と、自分の未熟さを比較して呆れた。たかが人間ごときが大いなる自然に、そもそも勝てるわけないのだが。おとなしく自分の負けを認めながら、大きく深呼吸して、去り行く春の気配ごと私は、新しい空気を吸い込む。まだまだ、もっと遠くへ、走り続けるために。

 母語と外国語について学びを深めていくことに比例して、「距離」という概念について考える時間が増えた。興味深いことに、「相手との距離が親密度に影響する」という法則は、すくなくともいくつかの言語における共通項らしい。ここでいう「距離」とはおもに、心的なものを指し、それに応じて相手に対し使う単語を選んだり、話し方を変えたりする。なるほど、だから、と腑に落ちたことがある。

 一般に人間関係において、とくに親しい間柄ならば何事も共有するのが美徳で、相手と近ければ近いほど良いとする風潮が少なからずあるように思う。しかし個人的な意見を述べるなら、これは非常に迷惑な話だ。反吐が出るほどに。ここから先、他人は絶対に立ち入ってくれるなよと定めた境界線を持つ人間からすると、そこを侵略しようとする者は敵以外の何でもない。だいたい、相手のすべてを知りたいなどという幻影めいた感情を抱いた愚か者は、いずれ必ず相手への敬意を失う。そしてそれは、ひとつの人間関係が終焉する合図に他ならない。

 よって、だ。私にとって、一定の「距離」とは、対象がその美しさを失わないためになくてはならない要素なのだ。遠くから眺めていてきれいだと感じた山に近づいて登ってみたら、乾燥した岩肌の質感にがっかりしただなんて、傲慢にもほどがある。注釈しておくが、これは自戒だ。適切な距離を見失わず、それをきちんと測れるものさしを、私はどんなときも胸元から優雅に取り出せる人間でありたいのだ。

 

03.2021

 足元を見れば、融けた雪の下から新しい芽が顔を覗かせている。頭上を見れば、桜の花がこれでもかと春の訪れを知らせている。なめらかな速度でものごとが終わりを迎え、おなじ速度でべつのものごとが始まっていく。そういう区切りを風の匂いの中に感じるたびに、季節があってよかった、と思う。

 そうして、そわそわと落ち着かない心の行き場を探しながら、私はいくつかの個人的な課題に決着をつけた。長い間、私の四方を囲んでいた壁。あまりに高く、あまりに硬く、きっとこのままこの中で生きていくのだと思い込んで触ることすらしなかったそれを、ふと叩いて見ようと思ったのは、春の為せる業だろうか。

 いちど決めたら、迷いはなかった。深呼吸して拳を握り、振りかぶって、正面から殴る。壁は、弾けるように音を立てて壊れた。その感触のあまりの軽さに驚きながら、しかし、私は気がついた。–この壁は、壊されるのを待っていた。さらさらと風に吹かれて消えていく破片を眺めながら、間違いなくそうだと痛感した。ああ、そして、ここへきてまだ私には、自由になる余地がある。

 感情的になっている人間は、理由がなんであれ醜悪だ。だから私は、いかなるときも冷静さを失いたくない。そこで私は、私自身が愉しく、好ましいと感じる対象について考えた。それらはどれも、ある方針のもとに作られた濾過装置を備えているように思う。魅力はその工程にある。まずもって、途中で紙を一枚噛ませるという行為には、おそろしいほどの色気が含まれている。のみならず、その紙があることで余計な熱は冷め、汚いものは引っかかって落ちてこないのだから優秀だ。くわえて、一滴ずつ垂れてくる液体を待つ時間の、これまた甘美なこと。

 さて、条件は揃った。己の欲と感情を懐柔して、思い通りの結果を抽出する「よくできた紙」に、私はどれだけ近づけるだろうか。

 

02.2021

 地球の気まぐれに翻弄されながら、寒暖の境目を歩いた。しかし冬は強い。片鱗を見せた春の気配を追い返すようにして厳しく頰を突き刺す風に負け、外出を臆する日々が続く。結果として私は、あらゆるものを手放した。かつては自分の一部と言っても過言ではなかったはずのものたちに、非情なまでの決断を下していく。なにかがひとつ自分の手から離れるたびに、自由に一歩近づくと信じて。

 そうしてこれまでに、どれだけの別れと対峙してきたのだろう。すべてを捨てても私は変わらず私のままだと言うのなら、独自性とはいったい、何を指すのだろう。仮にこの肉体が朽ちても、かつて私が存在した事実が、誰かの記憶にまたは何かの記録に残り続けるのなら、何が生死を分けるのだろう。

 ときおり、おそらくはもう二度と会えないだろうという人びとの夢を見る。目が覚めて、天井を眺め、それが夢だったと気がついてから、もう一度目を閉じる。ついさきほどまで触ることのできる距離に居た彼らを、もう一度まぶたの裏に映す。そうして私が浸るのは、希望に満ちた諦めだ。淋しさという感情が、比較的希薄であるということを自覚したのはいつだったか。たしか、他人から指摘されたのが契機だったはずだが、もうすっかり忘れてしまった。しかし、その由縁はこれかもしれないな、と思う。だってわたしは、望めばいつでも彼らに会える。それはときに、現実よりもずっとうつくしいかたちで。

 

01.2021

 白。何かが何色にも染められていない状態を指すとき、人は往々にしてこの色を使う。あまつさえ、好ましい意味合いとして。私もその例に漏れず、その色でもってさまざまのものごとを形容してきた。その白が、すべてを染めてゆく光景を目の当たりにするまでは。

 雪が降る音、をしばらく聞いていなかったせいで、それがこの世界に存在する一切の音と引き換えに手に入るのだということを、私は忘れていた。泣き声も、笑い声も叫び声も、初めからそんなものは存在していなかったとでも言うように、降り頻る雪の中へ吸い込まれていく。あまりの抗いようのなさに怖くなって、思わず、雪がこんなにも白い理由を考えた。そして、答えが見つかると同時に、私は思い出す。光の世界では、すべての色が混ざり合って出来るのは決まって白だということを。何もかもを帳消しにだってしてしまえる、その強さを。

 以前に比べて、私は自分自身を随分と細部までただしく愛せるようになった。しかし皮肉にも、それと比例するようにして、人間という生き物の欲深さが浮き彫りになる。今もどこかで起こり続けている、目を逸らしたくなるような数々の問題を列挙しながら、私は下を見て立ち止まった。平等とは何か、という思念に絡めとられて、こうしてときどき身動きが取れなくなる。とりわけ最近は、自分の手の届く範囲外のことにまで意識が及ぶのだからキリがない。ほかの誰かを救いたいなどという欲求は独善に過ぎないと、私は一体いつになったら学ぶのだろうか。

 解決策はとうに見つかっていて、ただそれを見失わないようにするだけなのだ。完璧を目指さないこと。完全などありえないと知ること。去年より今年、昨日より今日、できることが一つでも増えていればいい。止まっていた足が動き出す。だから前を見て、歩くだけ。世界が眠りにつくまで。

 

12.2020

 世界が混乱に陥る前のこと、住む場所を変えた。帰ってきた、と言うべきかもしれない。10年前に、10年間を過ごした土地へ。そうして思い出すのは当然のことながら、当時の自分が何を考えて生きていたのか、だ。かつての私は、ここさえ離れて環境を変えれば、同時に何かが変わると信じていた。ここには何もなくて、ここではない別の場所にはきっと特別な、私の望む何かがあって、だから、だから私は。

 そう思って移り住んだ都会で、だけど自分の影は、どこへ行ってもついてきた。影は、灰色の空を見上げて自分が何者でもないことを噛み締めながらビルの狭間を歩く私の足元で、呑み込まれてしまいそうなほど濃くなったり、タクシーの窓から見えるネオンが溶けて滲むまで声を殺して泣く私の足元で、消えてしまいそうなほど薄くなったりしてコントラストを変えながら、静かにしているだけだった。

 そうして、10年が経った。今、私は単に私としてここにいて、影を切り離そうとすることを辞めた。諦めたとも、受け入れたとも言えるだろう。未来という光に照らされた今の私の足元には、いつだって過去の影がある。それでいい。ただ立って、歩いて、たとえ何処にいようとも、美しい仕事を積み上げていくだけ。限定された条件でしか力を発揮できないなら、それは何であろうと偽物だ。裏を返せば、どこにいても、誰といても、何があっても本物は常に本物なのだ。

 誰かを傷つけたり誰かに傷つけられたりしてはいけないと自らを縛り上げていた時期が、たしかに私にもあった。そうやって正義の鎧を纏って生きていれば、きっといつかは何もかもを救えると信じていたのに、裁いても裁かれても、完璧なはずの鎧は、いつも気付けばどこかが綻んでいた。

 鎧を脱いだ瞬間のことは、もう思い出せない。けれど私は、いつからか裸になって生きることにしたのだろう。やっぱり気づくとどこかが傷ついていて、昔と違うのは、次第にその傷すらも愛せるようになってきたことだ。少し血が出ても、いつか治るから大丈夫。たとえ痕が残っても、それすら含めて愛せばいい。だから、もう何も怖がらない。今よりもっと、強く優しく美しくなる。深く深く息を吸って、深く深く吐き切ったら、凛として揺るがずに。愛ですべてを救えるように。

 

11.2020

 色を変えて散り続ける葉を眺める。あまりに短く暑すぎた夏に翻弄され、草木とて狂ってしまいやしないかと懸念したが、杞憂に終わった。儚く見えるものこそ実は強いのだということを、まったく今までに何度思い知っただろう。

 本気で何かに集中するとき、いつもそれが合図のように、世界から音が消える。澄んだ空気と光の中に私の意志だけが残り、自分自身と否応なく対峙しなければならなくなる瞬間。緊張感に満ちた集中力を発揮し続ける日々が続いて、その中でいくつもの決断を下した。そうして、自らの手によって未来が動き始める音が聞こえると同時に、私は意識を取り戻す。迷いも、後悔もない。私なら出来る。だから、大丈夫。

 「あたらしい生活様式」とやらに別段の抵抗もなく、順応していく自分の有様を、愛おしいと思う。時代に即した柔軟性は、他人の持つそれであっても見ていて気持ちがいいものだ。あまりにも有名な哲学者が、「絶望」こそが死に至る病だと言った。何の異論も反論もない。けだし、難儀なのは対にある「希望」に、説得力を持たせ続けることなのだ。ある意味で、世界中の誰もが平等に不遇な状態と言える今、明るい未来にまなざしを向け続けようと思うと邪魔が入ることこの上ない。必要なのは、地道な訓練だ。日々の隙間に潜む揺るがない尊さを、どんな状況でも見失わないため。すべては運命のままに。

 

10.2020

 大層な時間を費やして、自分にまつわる膨大な量の書類と写真を整理した。あちこちに散らばった私自身のかけらを拾い集め、淡々と纏めていく。そうして、今の私が想定していたよりもずっと多くの日記を、過去の自分が書いて残していたことに驚いた。古い箪笥の中にある、長らく放っておいた引き出しを開けたら、万華鏡を見つけてしまった−というとき、人はこんな気持ちになるのではないだろうか。いつ覗いて見ても、きらきらと表情を変え続けては私を飽きさせない。そして、時折思い出したように振り返るからこそ、思い出は美しいのだ。ある時期に親しくしていた人びとや、頻繁に訪れていた場所の名前を目でなぞり、郷愁にかられる。色濃い時間を過ごしたそこは、私が費やした熱量に比例して、いつ帰ってもきっと、あたたかく迎え入れてもらえる港になった。

 その一方で、私はかつて私を脅した妖たちのことをも思い出した。彼らは、「若さこそが絶対的な価値であり、それを内包しているからこそ君は美しいのだ」と、若き日の私に説いた。しかし十年の月日を経て、それがまるで詭弁であったことを、今の私が証明した。よって、だ。すべての醜い妖怪たちへ告ぐ。本当に、糞食らえである。人生の、どんな側面からどう切り取っても、私の過去に不要な時間などありはしない。そして、今の私は完全に、私自身が積み上げてきたものの上に立っている。人は、そう簡単には変わらない。というか、変われないのだ。たとえ、時にそれを望んだとしても。

 私は人生のあらゆる段階において、その時々の自分にとって特別だと言い切れる人びとや物ものと、生活を共にしてきた自負がある。そしてそれは、(当たり前かもしれないが)歳を重ねるごとに顕著になっていく。それどころかこの頃は、自分自身の歴史を築くことに加えて、ほかの誰かがすでに歩んできた道すら愛おしいと感じる。だから私も、残す意味のあるものを作り、残す価値のあるものを守りたいと思うのだ。普段は、その重要性すら忘れてしまうほどに何気なく身につけていたけれど、手放さなくてはならないと分かった途端に惜しくなるような。または、何度転居を繰り返しても、これだけはなぜだか捨てられない、というような。大事な局面にこそ、その真価が現れるようなものを。

 

09.2020

 気がつけば空を見上げていて、空を見上げるたびにうろこ雲を目で追った。秋の初めはきっと、誰しもがその寂寞を憂う季節なのだろう。それを裏付けるように、「九月」の名を冠した作品を、いま思いつくだけですぐにいくつも挙げられる。皮肉にもそんな月に生まれた私は、またひとつ歳を取った。

 強いて言えば、外国語の勉強に注力した区切りだったと思う。新しい単語を覚えた瞬間から、その前に覚えたはずの単語を忘却していく恐怖。言いたいことが相手に伝わらないもどかしさ。どれだけ勉強したところで、お世辞にも流暢とは言えないのだという、諦めにも似た絶望。母語以外の言語を学ぶことは、そういうたぐいの焦燥を背負って、自分の掌で砂を掬い続けるような作業だと、つくづく思う。けれど、私は莫迦だから、忘れられないのだ。救ったそばからさらさらと落ちていってしまうその砂の中に、生まれてきた意味すべてがそこに表れたような、ひときわ輝く小さな粒を見た、あの日のことを。ひと目見たと思ったときにはもう、指の間を通り抜けて、二度と戻ることのなかったあの輝きを、もう一度だけこの目で見たくて、だから私は今日も砂漠でひとり、水も飲まずに砂を掬い続けるのだ。

 他者との関係性に名前をつけたり、ましてやそれを、これから棚に陳列でもするかのように分類することが、昔から大嫌いだ(そのうえ、そうして誰かが定めた枠を振りかざして、私に近づこうとする人間が未だに存在して本当に辟易するのだけれど)。私から言わせれば、お互いが遺伝子情報の異なる個体であるという時点で、他者と「分かり合える」などと信ずるほうがどうかしている。なぜなら私にとっての「愛」とは、理解できずとも否定せず、そのままを、そのままに受け入れることなのだから。そうして呼吸をするたびに、「常識」とは何だろうかと考える。誰かにとっての当たり前が、他の誰かにとっては必ず異常になりうる(そのまた逆も然り)ということを、常に認識し続けることこそを、「常識」と呼ばずして、何と…。…ああ、これだから私たちは。

 

08.2020

 自分の内部で鳴り響いている自分自身の声を、外部に出していく作業を淡々と続けた数ヶ月の統括。そう思うと、あまりにも、あまりにも短い夏だった。この数ヶ月における私自身の価値観の変化は、今までの人生をそっくり繰り返すまでに匹敵するかもしれない。それほどに、すべてが、大きく変わった。そして、自分にとって本当に必要なことがらたちが、次第に浮き彫りになってもきた。そうだとしても、すべてが、ただ、そうであるということ。潮が引いたあとの浜辺に残った取るに足らないものものを眺めているとき、きっとこういう気持ちになるのだろうと思う。

 今でもはっきりと、憶えていることがある。つまるところ、ひとは、自分が見たものを、自身が見たようにしか表現できないのだと、私が真に悟った瞬間だ。幸か不幸かその日、この世界から、自分自身ただひとりを残して、私の”敵”はみんな消えてしまった。半分ずつの希望と絶望からちょうど等しい熱量で襲われ、二律背反の感情に苛まれた私は、「この世界が美しいことを証明せよ」という命題を与えた神の存在を恨んだ。真実だけを暗中模索し、世界に対して示し続けると同時に、そのすべての責任を取らなければならないなんて。それは本来、罰と呼ばれるものではないだろうか。そんな自問もとうに虚しいことは分かっていて、だってどう足掻いても、それに気が付く前の世界には、もう戻れないのだ。

 伸るか反るか、挑むか死ぬか、だ。ならば、やるしかないだろう。筋道は立っている。私が五感で享受するものが美しく、とりわけ私の観測する景色が美しく、私自身が美しいとすれば、それは即ち「この世界が美しい」ことの証明になりうる。必要なのは、”零”の水準を、自ら底上げし続けること。私に必要なのは、もう、それだけだ。