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07.2025

 終わる予定だった世界は終わらず、今後も変わりなく続く世界から、しかし旅立つ人を見送った。覚悟していたはずなのに、いざその瞬間を迎えると、できることはほかに何もなかったのだろうかと考える。眠れない日が続いた代償として、思考するのが難しい。誰かとの永遠の別れが近づくたび、私は怖くなり泣いてばかりいる。悲しくて寂しくて、自分の周りだけ酸素が薄くなったように感じる。それでも、本人が辛さを手放せたのならよかった。少なくとも今は、そう思うことでしか報われない。

 向こうへ行く道すがらに読んでもらえたら良いと思い、式典の朝、手紙を書いた。肉声で伝えるべきだったことを勇気が出ずに秘めていて、つい言い訳がましくなる。それでも、最後の数日間を共に過ごせたことは最善の選択が招いた結果だった。そして最後には、純粋な感謝の気持ちだけが残った。太陽みたいに眩しくて、向日葵みたいに明るい人。夏が来るたび私はきっと、自分が彼女の孫であることを思い出す。

 水不足が叫ばれて久しいが、気づけば夏が本領を発揮している。ただでさえ元気が枯渇しているというのに他の資源まで奪われてはたまらない。しかし、こういう時は右へ倣うより仕方がない。水道を細く絞り、なけなしの水を後生大事に使いながら、平時の有り難みを知る。誰が何と言おうと、人間がこの世で最も愚かな生き物であると信じて疑わない理由はここに在る。大仰な顔をして文明を築き上げてきたのは構わないが、その利器をいざ取り上げられたが最後、ともすれば我々は鼠より脆い。

 そんな考える葦は、朦朧とする頭で集団の在り方について思いを馳せる。短いながら、しかし人格形成において極めて重要な時期を都会や外国で暮らした身から見れば、形骸化した組織や制度が実に滑稽に感じられることは少なくない。さらには、その内部で飼い殺された人間までもが存在するのだから、目も当てられない。誰かを貶めて快感を得る趣味は無いから付け加えるが、その誰かが身内ということも考えられる。まったく、舌の上に苦いものが残る。

 いずれにせよ、この暑さの中ではまともに思考など出来まい。幸いにして、時間的猶予はまだ幾分か残されていそうだと知った。翻って、何人たりとも他者の業を背負ってはならない。だから私に出来るのは、健康な肉体と魂を保ち、来るべき時に備えることだけだ。

 

06.2025

 春の気配が去り、緑の彩度が増した。とにかく安定しない天候に辟易しながら、それでも晴れ間を見つけて出かけるには絶好の時期だ。ここに居ると、自分が紛れもなく生物であることを思い知る。裸足になって、海では砂浜を歩き水に浸かり小魚の群れを眺め、山では土と草を踏みながら熟れた木の実を喰む。あらゆる文化を超越し、ただひとつの生命体としてその歓びを享受する。貴重な暖かい季節の恩恵だ。偉人の墓を前に目を瞑り手を合わせると、木々がざわめき葉が擦れる音だけが爽やかに鼓膜へ響く。

 とはいえ、結局のところは人間であるがゆえに、欲張りな私は文明が与えてくれる刺激にも夢中になる。自宅で人の著作物に触れ、笑ったり泣いたりしながら、いい時代に生まれたと心から思う。多くを求めれば、欲望には際限がない。身近な幸福を噛み締める唯一の手段も、有象無象が作り出す渦に飲まれぬ無二の手段も、足るを知ることに他ならない。私には私の道がある。その道を歩き続けるために、矮小な人間としての誇りを捨ててはならない。

 ふと、魂は最終的にどこへいくのだろうと考える。野菜を刻みながら、しくじって包丁の刃先が当たり指先から血が流れ出す。一瞬の痛みと、傷口が脈打つような感覚が走る。布で止血しながら、単なる容れ物であるこの身体が朽ちた後のことを考える。なぜ私たちは生まれてきて、そして死ぬのだろう。富める者も健やかなる者も、その物語にはいずれ必ず終わりが来る。科学者たちがその機構に本気で抗おうとしているとは到底考えられないし、本質的には(一部の特異な者を除いて)誰もそれを望んでいないようにも思える。私も例外ではない。どれほど健康寿命が伸びても、未だかつて死を回避できた人間は存在しない。そして、死についてこれほど感傷的になる生き物を、私は人間のほかに知らない。

 そんな思念が、澱のように積もっていく。まるで思春期のようだと笑えるが、身近な人間がその境遇に直面すると、誰しも一度は考えるのではなかろうか。無論、答えは出ない。出さなくて良いのだと分かっていても逡巡する。厭な気分だが仕方がない。来るべき時に備えなければならない。その程度には、歳を重ねたのだ。

 

05.2025

 縁のある場所や人々に引き寄せられて、その引力に生かされている。不思議なことというのは起こるもので、目にするものすべてが啓示のように見えて仕方ない。それが仮に気のせいだったとして、では単なる偶然なのだろうかーなどと考えるが、無駄な足掻きだ。つい何にでも意味を見出したくなるのは悪い癖だと、我ながら自覚している。

 しかし、人生に対する集中力が増すと、大なり小なり奇跡が起こりやすくなるのもまた確かだ。ここのところは人の話を聞くことが増えて、良くも悪しくもそう確信する。そして、兎にも角にも現実を客観的に見る目を養わないと、結局のところは憂き目に遭うこともまた真理のように思う。つまるところ、何人たりとも誠実に生きるように努めたほうが良いのだ。これはまず自分自身に適用される話だが、そうでなくては足元を掬われる。己を取り巻く環境は鏡であり、頻発する現象には必ず手掛かりが含まれている。

 まあ、敢えて言葉にするとこうなるのだが、大いなる存在を前にしては成す術がないのだから、大人しく従ったほうが良い。単にそうしておけば良いとすら言えるかもしれない。だから私も抗わない。それが正解だったと思える日が、いずれは訪れるのだろうから。

 日が長くなるのに反比例して、睡眠時間が短くなる。また春が深まり夏へ向かうと、空気中の水分量が増えたように錯覚する。僅かに残る肌寒さとまだ控えめな陽射しは、それでも活力に満ちている。こういうことをただしく感じられるこの場所に、帰ってきてよかった。熱いお茶を淹れて、かつての自分が通り過ぎてきた歴史に思いを馳せる。とても一言では言い表せないが、いずれにしても、いつも全力で駆け抜けてきた。そうして多くの人と関わり、事あるごとに居場所を変え、寄せては返す波打ち際で転がる石のように揉まれて磨かれて、適切な形になってきたことを願う。

 自分自身の変化について考えると、世界や世間の在り方とまるで逆行しているようにも思える。明瞭な利益を追求せず、自分との小さな約束を、ただ実直に守り続ける。時折出かけて行って、緑に囲まれた静かな場所で、花の匂いを胸いっぱいに吸い込む。観測者によっては踊る阿呆に見えるだろうが、それはお互い様だ。隣人の思想を簡単に知ることができるようになったこの現代においても、歓びを覚える対象は、人の数だけ在って然るべきである。

 

04.2025

 いつの年も、始まりは桜と共にある。それは私が日本国籍であることにも、桜が雪解けと共に芽吹き花を咲かせることにも、この土地で生まれ育ったことにも由来する。だからきっとこの先どこへ行っても、新しい物事に着手するたび私はこの花を思い出す。淡く柔らかい桃色を見上げてそう考えると、胸に希望が満ちた。綺麗な空気を吸いたくて山に登ると、未だ完璧に冬のような心持ちになる。しかしここでも、雪の下からは顔を出した山菜たちが、確実な春の訪れを知らせていた。

 新しいだけでなく人生で初めての試みとして、二つの職種を同時に進行させることにした。一方では文字通り毎日勉強を重ね、もう一方では以前の記憶を呼び起こす。こうしていると、否が応でも社会に溶け込んでいく感覚を得られるからありがたい。いずれも誠実に取り組めば、きっと未来で結実していく。そう思えるのは、現実から逃げ出したのと同じ回数だけ、きちんと現実に戻ってきたからだ。何が起こっても、どうにかしてこの世界で生きて行かなければいけないと判断した過去の自分を誇りたい。彼女のおかげで私は今、数えきれないほどの美しい景色を想起することができる。

 直近で得た自分自身の課題として、境界線の設定が挙げられる。気づくと望まない距離感に迷い込んできてしまう他者の存在に悩まされる経験を経て、これは流石に対策を講じる必要があると考え始めた。冷たいようだが時間は有限だ。しかし、相手を変えようとして単に怒ったり、関係性を強制的に断ち切るだけではうまくない。尤も、私の側の技術が足りず、そういう時代があったことも事実だ。だからこそ、いくつもの仮説を立てて検証を繰り返した結果、牛歩ではあるが確実な成果が得られてきた。そうして学んだことのひとつは、特定の相手と遮二無二向き合って時間を割くことが、必ずしも相手のためにはならないということだった。人は皆それぞれに、どう足掻いても自分自身でしか解決できない課題を抱えて生きている。それは宿命とか業とか、さまざまに名前を持つが、意味するところは同じである。良かれと思って誰かに寄り添おうとする姿勢が、結果的に彼らの尊い経験を横取りしかねないということを、だから私は肝に銘じなければならない。

 そう考えると、また肩の荷がひとつ下りたような心持ちがする。冷静になれば、本当に私にできることは、毎日を真剣に生きて、今この瞬間の喜びを全身で味わうことだけなのだ。生命の活力が爆発する春に、たとえ目が開けられないほど痒く、くしゃみが止まらなかったとしても。

 

03.2025

 不安からか早くに目が覚めてしまい、ぼんやりとした頭で自分がどこに居るのかを考え、答えを思い出して胸を撫で下ろした。窓を開ければ、しぶとく雪が降っている。慣れた寒さを纏い、肌を細かく刺す冷気に身が引き締まる。それでも、暖かくなりだした外気を銀の世界の隙間に見出した。私は、帰ってきたのだ。

 いわゆる年度末を迎えるにあたり、もう何度目になるか分からない作業にまた着手した。数字の上で自分の情報を整理しながら、ひとつも間違いがないことを確認し承認を得る。思いもよらぬ額の還付金を受け取り、誠実に生きてきたことの証明のような気がして嬉しくなった。

 それと同時に、今の自分に必要なものと、そうでないものの仕分けが再び始まる。きっとこれだけは今後も恒久的に続いていくのだ。かつて、腕を磨く行為は仕事にのみ有効だと信じていた。しかし実際のところ、日常のあらゆる細部に修正と改善の余地は残されている。そして、それらひとつひとつと向き合えば、結果は必ず全てに波及する。したがって、何事も手を抜く理由はない。

 心と身体の回復を図りながら散歩へ出かけると、かつて住んでいた国から訪れたという観光客にも遭遇する。そうかと思えば、いくつかの企業へ履歴書を提出し、そのたび担当者と面接を重ね、基本的には色好い返事を受け取った。あらゆる種類の出会いに圧倒されるが、時期柄だろう。それに、ここへ辿り着くまでに幾多の別れをもまた経験した。

 自分にとっての正解という観点から物事を考え出すと、本当に終わりが見えない。だから、或るものを在るがままに受け止める選択肢もまた、間違いではない。そう考えて、目を閉じる。過去に思いを馳せるのも、未来を尊ぶのもまた悪いことではない。しかし月並みだが、私は今を生きなければならない。体調不良を経て益々それを思い知り、更新された私の身体は、今や瑞々しい愛に満ちている。そしてその精神は、常にふたつの故郷を行き来する。いずれの土地でも優雅に羽を広げ、常に最適な住処を目指して旅を続ける白鳥の群れを思う。心に飼うなら彼らのほうが、不死鳥よりも現実的かもしれないなどと、贅沢なことを考えた。

 

02.2025

 驚くべきことというのは、いつでも起こるものだ。自分の身を置く環境を変えた途端に体調を崩し、自己開示もそこそこに、その場を去ることになった。毒に侵されたかのように顔も身体も醜く腫れて、鏡を見るのも厭になる。腹部を刺すような痛みに息ができず、無論、食欲も湧かない。何より、食べたそばから戻してしまう。いくつかの病院にかかったが、誰に何を聞いても、原因は分からないと言われた。そして驚いたことに、以前にも同じ症状で受診していると、それぞれの医師から告げられた。帰宅後、内出血で変色した身体を抱いて碌に眠れもせず、できることと言えば、ただただ自分自身に謝り続けるだけだった。辛くて仕方ないとずっと叫んでいたはずなのに、ひたすら無視して申し訳なかった。ただでさえ腫れて垂れ下がった瞼が、涙で濡れてついに開かなくなった。皮肉だが、これで醜い自分の姿を見ずに済む。

 自室でじっとしているほかないと、つい思考してしまいそうになる。しかし幸い、毒にも薬にもならないような作品で溢れた時代だ。草食動物のようにそれらを咀嚼し、揺らぐ情緒を誤魔化す。今後どうしていくのかなど、今はとても考えられない。とにかくここから逃げなければ、文字通り息ができない。—気がつくと、頭より先に身体が、旅立ちの準備をするべく動いていた。これから起こり得る、あらゆる可能性が脳裏を過っては消えていくが、もはや知ったことではない。自分の身を守るためにこの数年で会得した見切りの早さに、まったくもって今度も救われた。そして、この地を後にすると決めた途端、坂道を転げ落ちる石のように物事が進む。まるで、正しい選択を裏付けるかのように。

 記憶にある中で数え上げてみると、直近10年で十余回も転居をしていることに気がついた。住まいを変える毎に減り、移動に合わせて洗練されていく持ち物たちを、ひとつひとつ丁寧に箱に詰めながら、愛おしい気持ちになる。執着心は相当に薄いと自負しているが、四六時中を支えてくれる精鋭たちにかける愛情は深いほうだ。気性の荒い主人に根を上げず付き合ってくれる彼らには、いつまで経っても頭が上がらない。

 そうして、洗練されたのは持ち物だけに留まらないことに気がつく。図らずも荷造りの技術についても向上しており、余裕を持って準備を始めたために時間に余裕が出来た。運動ができないせいで眠れない節もあるから、気晴らしに散歩へ出かける。夜、ほとんどお守り代わりに薬を携えて外に出ると、やはり都会は光に溢れて眩しかった。観光客の波を掻き分け通りを歩くと、魅力的に加工され、人々の口に入ることを心待ちにする食べ物たちの暴力的な香りが鼻腔をくすぐる。方々からあらゆる言語が耳に飛び込んできて、思わず笑みが溢れた。ここでは、誰ひとり私のことなど気にしない。その都会の属性に、幾度となく救われてきた。最後まで貫かれたその姿勢に安堵した。

 そんな調子で、いくつかの思い出深い街を数日かけて訪れる。呆れるほどに毎日快晴で、まるで散歩日和だった。そもそも殆ど抱えていないであろう未練を、それでも完膚なきまでに手放していく。これで今生の別れとは到底なりそうもないが、しかし暫しのさよならだ。いつからか、世界に対して望むものがすっかり変わってしまったことに気づかせてくれて、感謝する。こうして私の都会暮らしは、思いもよらぬ形で、呆気なく幕を閉じた。

 

01.2025

 年末年始をひとりで過ごしたおかげで、今年の始まりは輪郭が溶けた。そもそも、季節の境界も曖昧で、心も身体もしばらく混乱している。銀杏の葉は今ようやく色づいて、いつになったら散るのかも分からない。ここへ来てからずっと、深呼吸をすることが難しい。神経が昂っているのか、うまく眠れない日も多い。適応できない自分を責めそうになるが、否、と思い直す。生物として、私は間違っていないはずだ。

 それでも外を歩きたくて、年始らしく神聖な場所をいくつか訪れた。冬の実感は薄いが、朝早くに出掛ければ、頬を刺す風は痛みを伴う冷たさを持ち、日射しは穏やかで繊細だ。そして、「神様」の前で手を合わせて祈りを捧げる瞬間だけは、俗世から隔離された感覚を覚える。たとえ気のせいだとしても、一切の救いがないよりはマシだ。

 ふと、愛すべき土地で迎えた5年前の元旦を思い出す。当時の経験は、生まれ育った環境と文化からまるでかけ離れており、私の中の小さな常識をひっくり返す祭りだった。地元の民から言わせれば、あれは観光客によって例年繰り返される悪ふざけだったのかもしれない。だとすれば、次はもっと地域に根差した営みを、異邦人の視点から観察することができたらいい。

 長いこと休んだのは記憶に新しいが、社会的に許された方法で、まとまった休暇をまたしても取得した。既存の環境に塵ほどの遺恨も残さず去ることに、私はあまりにも慣れすぎた。日が出てもなお微睡んで、いつぶりかに本を読みながら、未だこの時間にも給与が発生していることを不思議に思う。そうでなければ映画を観たり、散歩がてら買い物へ行き、自分で拵えた食事を摂り、また眠る。どこまで行っても、私はひとりだ。ひとりで、満ち足りている。

 しかし、こういう一連の流れを至上の歓びと取れるようになったのは、いつからだろうと考える。五月雨に人と会い、記憶がなくなるまで酒を飲まなければ立ち行かない日々もあった筈なのに、では一体あれは何だったのだろう。若気の至りで片づけてしまえば平易だろうが、それでは本質から逸れる。複合的な理由があるには違いないが、一言で断定するのは難しい。

 まあいいか。しばらく考えて、諦めた。こういう時は、台所に立つ。袖を捲り、器に卵を割り入れ、かき混ぜる。鍋に油を敷き、肉を炒めている間に野菜を刻む。一瞬で視界が雑然とし、あちらこちらで様々に音がする。今火にかけている湯が沸いたら、珈琲を淹れよう。頭の中で自分なりに筋道を立てながら、あらゆる作業を同時にこなす。そうして一旦は完全に混沌となった空間を、また秩序を持って整えていく。だから家事が好きだ、と思う。ほとんど瞑想に近い状態へ、簡単に陥ることができる。結局のところ、はっきりとした理由はなくとも、やはり私は私の日常を愛しているのだ。

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