インターネット1.0

 1992年うまれ・ミレニアル世代のわたしが、インターネットとあゆんだ軌跡をたどるシリーズ。きょうは第二回、題して「インターネット1.0」。

 さて、前著のとおり、やさしい父のはからいで「いつでもおうちでインターネット」環境がととのった。ということはすなわち、同級生とEメールでのやりとりがはじまる。当時のわたしといえば、友人たちの影響で、マンガをよく読むようになっていた。もともと活字は好んで読むほうだったが、「おもしろいからこれ読んで!」と、みんながいろいろ貸してくれるので、素直に夢中になっていった時期だった。したがって、帰宅してから友達とメールで何を話すかといえば、今読んでいるマンガはどれだとか、あのマンガのキャラクターはどうだとか、そんな他愛もないことに終止する。くわえて、「メールを交換できる=インターネットも使える」というのは、わりと周知の事実だったようだ。おとなになりだしたわたしたちが、自分の興味を持った分野にかんする知識を、インターネットをつかって掘り下げていくのに、そう時間はかからなかった。

 そうしてインターネットの波を泳ぎだし、最初にたどりついたのが、二次創作サイトだった。今でこそSNSが浸透し、Twitterやinstagramなど、あらかじめ用意されたプラットフォームで自分の作品を展開していくのがあたりまえになった。しかし、当時の主流はまだまだ「ホームページ」。今にしてかんがえると、その頃のクリエイターさんたちは、絵や文章の技術と同様に、サイト構築のスキルも当然のように持ちあわせていたのかとおもうと、頭があがらない。

 「マンガのキャラクターを、作者以外の方が描く」という行為。それはわたしにとって、クラスにいる絵のじょうずな友人が、プリントの裏や黒板にササッとやって見せてくれるもの、に過ぎなかった。それがどうだ。インターネット上には、魔法使いとしかおもえない表現者たちが、わんさかいるじゃないか。しかもみんな、見やすいようにじぶんの作品をHPでアーカイブして、なにより無料で公開してくれている。中学生のわたしからみれば、さながら全員プロだった。どうしてこれにお金を払わなくて済むのだろうと、当時は半ばふるえたものだった。

 こうしてしばらく、学校から帰宅後はパソコンにかじりつき、「受け手」として、二次創作界隈は絵も文章もひととおり巡回した。だんだんと勝手がわかってきたのだが、みんなじぶんのサイトを見てもらうために、きちんと工夫している。SNSほど拡散力をもったツールがなかった当時、HPを知ってもらう方法はかぎられていた。そのうちのひとつが、(今も存在はするのだろうが)「ランキング」。各ジャンルごとに「ランキングサイト」なるものが存在し、そこに登録すると、その分野に興味をもった人が、自分のサイトにアクセスしてくれるのだ。

 ここでまた、いったん現実世界にひるがえる。くりかえすが、それまでのわたしにとって「表現の場」とは、学校の文化祭か、よくて文科系の部活に入って応募する「展覧会」に過ぎなかった。ただし、中学生だからってバカじゃない。自分が一生懸命作品をつくっても、それを評価するのはどこぞの知らないおじさんたちだということくらい、ちゃんと知っていた。現実なんてそんなもん。それにくらべて、インターネットときたら!きちんと的を絞れば、丹精こめてつくった作品が、自分の見てほしい相手にちゃんと届くのだ。それも、相手はクラスメイトじゃない。世界だ。可能性も自由度も、ケタが違いすぎる。

 「多感な時期」の少女が、そんなインターネットに夢中になるのは自明の理だった。そしてこの時期、わたしは運命の出会いを果たす。それはいつものごとく、鬼のように増えたブックマークにすべて目を通したあと、ふらりとランキングサイトにアクセスしたときだった。なんの気なしにクリックした「日記サイト」の「10代女性部門」。サイト名の横にアクセス数の表示があったのだが、1位のサイトだけが群を抜いていた。これはちょっとなにか、特殊なツールでもつかってアクセス数を稼いだのでは…と疑うような数字にひるむが、好奇心が勝って、そのサイトに飛んでみた。

 それが、ズルして獲った数字でないことは、一目見た瞬間にわかった。”C(仮名)”と名乗る女子高生が、自分の日常を、スナップ写真とともにつづる−まさしく「日記」。言ってしまえばなんてことはないのだが、彼女のあらわすものすべてが、今までわたしが見たことのあるどんなものより鮮やかでみずみずしく、かがやいていた。

 わたしの世界が、一瞬で、彼女の色に染まった。

 目の前でぱちぱちと、火花が散るような気持ちがした。

 何よりも、衝撃だったのだ。じぶんとさほど変わらない年の女の子の、なんてことない日常が、切り取り方や残し方ひとつで、こんなにもだれかに、影響をあたえることができるなんて。ファッションも個性的なら文章も魅力的だったが、彼女の撮る写真は、その比ではなかった。それまでのわたしにとって、写真とは、「おじさんが山に三脚を抱えて夕日を撮りに行く」ものであり、なんというか、シブい趣味のひとつ、だったのだ。でも、Cさんはちがった。かわいくて、きれいで、おしゃれで、個性的で、女の子がほしいもの全部持って生まれてきたお姫さまが、じぶんの暮らしをお戯れに、われわれ庶民に見せてくれている、そんな魅力があった。

 Instagram全盛の今でこそ、何気ないものをかわいく撮ってインターネットに載せたり、レイアウトに統一感を持たせてアーカイブすることは、ほとんど礼儀のひとつと言っていいまでになった。ただ、しつこいようだが、当時はちがった。そんなことをできるひとはまだまだ数すくなかった。Cさんはわたしの、そういう「はじめて」を、全部かっさらっていったのだ。

 神様が現れた、と思った。つづけて、こうも考えた。

 Cさんになりたい。こんなふうになれたらもう、ほかになにもいらない。

 わたしの、将来の夢が決まった瞬間。忘れもしない、14歳の夏だった。

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