はじめてのインターネット

 1992年生まれ、いわゆるミレニアル世代のわたしが、はじめてインターネットに触れてから、およそ20年(!)が経つ。ふりかえってみると、体感上、だいたい10年スパンでおおきな変化が起きている気がする。二度目の革命が起きた(と勝手におもっている)のがごく最近のことだから、今日は自分史に即して、わたしとインターネットのこれまでのあゆみをここに残しておく。

 記憶にあるなかで、インターネット…いや、まずはパソコンから行こう。わたしがはじめてパソコンにさわったのは、小学校のコンピュータールームだった。機械がそれを放つのだろうか、視聴覚室はいつの時代も独特のにおいにつつまれている気がするのだが、さておき。

 パソコンといえば、当時はまだ箱型の巨大なモニターと、これまた箱型の巨大な本体がセットになっていた。キーボードの叩きがいも尋常ではなかったし、打鍵音は、「パチパチ」や「カタカタ」ではなく「ドカドカ」がただしい。マウスも、あれでよくダブルクリックなんぞしていたなとおもうほどのつかい心地だった。そのくらい、とにかくひとつひとつがデカいのだ。にぶいし。そして、いま思い出しながらもはや涙が出そうなのだが、データを保存する場所といえばフロッピーディスクだった。…フロッピーディスクて。ちなみにわたしは、生まれてこのかた「エモい」という形容詞をつかったことがないのだが、フロッピーディスクの名前をだしたいまこの瞬間、その感情がめばえた。あれは、うん、「エモい」シロモノだとおもう。

 巨大な箱を目の前に、先生から指示されるがままに、キーボードをドカドカ鳴らしながら取るに足らないテキストファイルを作成し、フロッピーディスクに保存していた。というのが、だいたい小学校1~2年生くらいの記憶だ。

 つぎに本題、インターネット。小学校中学年にあがった当時のわたしは、例によって学校の、視聴覚室にいる。部屋のなまえが「コンピュータールーム」でなくなった理由は、それまで住んでいた埼玉から、地元新潟にこのタイミングで引越し、転校したからだ。

 ある日の授業で、「自分の将来の夢(=なりたい職業)について、インターネットで検索する」という課題が出された。検索エンジンはたしか、gooだったと思う。当時、どうぶつのお医者さん−すなわち獣医になりたかったわたしは、それっぽいキーワードを入力し、いくつかのページに目をとおした。そのときに得た「北海道大学には獣医学部がある」という知識は、いまだ鮮やかに残っている。獣医さんにはならなかったが、インターネットというのは自分の知りたい情報をおしえてくれるものなのだ、という衝撃たるや、ほんとうに、ものすごかったのだ。

 それまで、なにか知りたいことがあったら、ひとに訊く or 本を開く という2種類しかなかったわたしの選択肢に、あらたにインターネットが参入した。これはおおきな躍進だ。わたしとインターネットの関係性はこのようにして、「情報」の授業でパソコンとインターネットに触れ、見知らぬだれかが投下した情報をときどきあつめながら、その後しばし平行線を辿る。

 転機がふたたびおとずれたのは、中学校にあがったころだ。機械につよい同僚をもつ父親が、彼のつくったという自作PCをかかえて帰宅した。その頃のわたしはすでに、パソコンをさわることそのものがちょっとカッコいいと思っていたから、学校から帰ったら時間がゆるすかぎり、初期設定で内蔵されているゲームで遊んだり、ペイントソフトを無意味にいじくりまわしたりしていた。なにがどうということはないのだが、とにかくさわっていたかったのだ、パソコンに。

 それからほどなくして、ケータイを持っているクラスメイトのあいだで、メール交換がはやりだした。友達から、「なおちゃんケータイもってないの」と聞かれて、ケータイはないなあ、とぼんやり答える。ほしいという気持ちもなくはなかったが、中学生のうちは買ってもらえないだろうとおもっていた。泣きわめいて親を説得する方法もあったのだろうが、そこまでの熱量はケータイに注げない。なにより、この瞬間にもパソコンが、家でわたしの帰りを待っているのだ。もうこのときは、とにかく何をしていても家に帰ってはやくパソコンにさわりたかった。

 そんな折、べつの友達が、「なおちゃんパソコンもってるの!?」と訊いてきた。パソコンは、ある。ちょっと得意げに答えたら、なんとその子は、メール交換はパソコンでもできるのだと言い出した。な、なんだって。ちょっとお父さんに訊いてみてよ、といわれたから、了承して帰宅する。

 くわしい流れは失念したが、父に訊いたところ、インターネットを引けばメール交換ができるとのことだった。インターネットって、自分が知りたいことをおしえてくれる、あの便利なシステムのことか?とかんがえてハッとしたわたしは、この時点でメールのことはほとんどどうでもよくなっていた。そんなことより、インターネットが家にいながらつかえるなんて、もうこれは大事件である。できたらうれしいな、ということがもう、いうまでもなく顔に書いてあったのだろう。娘思いの父はそこから2~3日のあいだに、いとしのパソコンで、わたしがインターネットをつかえるように手筈をととのえてくれた。

 こうしてみると、この世代にうまれた人間が、インターネットに触れるまでのよくある一例のようにおもう。ああそうだった、なつかしいなとおもってもらえれば幸いだが、わたしとインターネット編、まだまだつづく。聞くも語るもたのしいフェーズはこの先に待っているから、乞うご期待。

https://naoumezawa.tumblr.com/post/660838414777761792