おとなの期末試験

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 先述のとおり、わたしは今年の4月から、晴れて放送大学の3年生となった。あっという間に時は流れ、7月なかば。学生という身分ならば当然のことながら、期末試験を受ける。コロナ禍の煽りを受け、幸か不幸か大学生活最初の試験は自宅受験と相成ったわけだが、結論から言おう。2021年前期に選択した8科目すべて、無事合格の評価を受け取ることができた。

 ここでは、わたしが選択した8科目の授業・試験内容と結果についての個人的な感想を、記録として残しておく。履修登録を控えた顔のみえない同級生たち、それから未来の後輩たちにとって、すこしでも参考になれば幸いだ。

 前提として、私が在籍するのは「人間と文化コース」。いわゆる人文系と呼ばれる学科だろう。具体的な勉強方法や履修のコツなどはまた次回にでもすることにして、まずは選択教科の単位習得状況を以下にそのまま載せておく。

 放送大学において、卒業に必要となるのは124単位。私は2年生の専門学校を卒業したため、そこで取得した62単位があらかじめ認定済みとなっている(表の下から3段)。よって、残り最低62単位(2単位×31授業)を放送大学で習得できれば良いと踏み、31を在籍予定学期4で割り、7.75≒8科目を前期は選択した。それでは、各授業についての感想を述べていく。

 

  1. 文学批評への招待 (‘18) 放送授業(ラジオ) 評定A

 

 諸先輩がたの雑感やらをインターネット上で拾い読みしていて、ずいぶん人気のある授業なのだなという印象を受けたことを覚えている。たしかに、講師陣も豪華なら、授業にも気合いが入っているな、というのが伝わってくる。引用・参考文献は名作揃いで、誰しも一度はタイトルに聞きおぼえのある作品ばかりというところもよかった。本は好きで読むほうだが、「批評」という切り口から文学と向き合った経験に乏しいわたしは、かなりたのしめた。

 試験は、中間・期末ともに記述式。中間試験の結果が個人的に芳しくなかったことも、苦い記憶として新しい。「批評」ではなく「書評・感想文」によりすぎているとのことで耳が痛かったが、その反省を踏まえて印刷教材を読み込むようにして期末試験に挑む。それでも手応えはなかったが、A判定ということは、…なるほど。と勝手に腑に落ちた部分がある。試験時、指定字数が少なすぎる…と感じたのもそこに由来するのだが、文章は肉付けより要約が苦手だという自覚がそもそもあって、いわばその癖が今回、より浮き彫りになった。

 

  1. 西洋哲学の起源 (‘16) 放送授業(ラジオ) 評定B

 

 これはあくまで個人の感想であり、絶対的な評価ではなく、わたしという人間から見た相性の話と思って聞いてほしいのだが、もしも実際の教室でこの授業を受講していたら、(というか自宅で受講していても)確実に毎回爆睡だ(った)。手元に広げた印刷教材を、親切にも毎回隅から隅まで教授が音読してくださる系の授業で、子守唄にはもってこいだ。…言い過ぎた。しかし、「西洋哲学」という門戸のあまりにも広い分野を、1回45分×15回の授業でやさしく楽しく学びましょうというのは土台無理な話、というのも頷ける。個人的には、頭の中で知識としても情報としてもちりぢりだった哲学者たちが、歴史年表の絨毯の上で、きれいに整列してくれたことは大変ありがたい。

 試験は、中間・期末ともに記述式。複数の主題からひとつ選び、それについて書くのだが、圧倒的に自習の量が足りなかったなと反省している。引き出しがすくなすぎて、書きたいテーマについて論じる覚悟が決まらなかったことが敗因だ。

 

  1. 現代の危機と哲学 (‘18) 放送授業(ラジオ) 評定Ⓐ

 

 端的に言って、おもしろかった。印刷教材にしたがって進めていく授業ではあるが、その印刷教材がそもそも、新書のようなおもしろさに仕上がっている。「哲学」というおカタく小むずかしく聞こえる分野に、なんとかとっつきやすさをおぼえてほしいという、森先生のやさしさを感じた。掘り下げる人物たちには、ニーチェ、ハイデガー、アーレントと、ドイツ哲学界の巨頭がならぶ。この時点でもうたいへんおもしろいのだが、時間がゆるすなら、参考文献まで全部いちいち読んだほうがいい。人生が変わるような名著ぞろいだから。

 試験は、中間が記述式、期末が択一式だった。内容はそんなにむずかしくない−というと語弊があるが、興味と関心を持って取り組めば、その気持ちに比例した結果がまっていると思う。真面目に授業を受けることはもちろん、この分野に関する本質的な理解が必要になるだろう。

 

  1. ドイツ語I (‘19) 放送授業(テレビ) 評定Ⓐ

 

 評定がよかったので安心したが、人に勧めるかと問われたら、わたしは首を強く横に振る。授業の内容が悪いのでは決してない。ただ、第二外国語(第三言語)(わたしにとっては第三外国語/第四言語)を、それもゲルマン語を、日本語で、しかも座学で学ぶというのは、趣味の範囲だとしてもやっぱり無理があるな、と肌で感じたのだ。これは二外であるチェコ語を、現地で一年間学んだ経験が裏付けているのだけれど。そしてわたしは結局、この授業で先生がたが仰っていることを理解するために、Kindleで英語⇄ドイツ語の教材を購入し、猛烈に自習した。外国語の話を始めるとなかばオタクの扉が開いてしまうから、ドイツ語そのものの性質等については、いったん割愛する。

 試験は、中間・期末ともに択一式。(多くは語らないが)自宅受験ということを鑑みれば点数が取れて当たり前だ、と私はひとりごちた。しかし、懲りずに後期もドイツ語IIを取ろうとしているのだから、茨の道はまだ続く。

 

  1. 日本語学入門 (‘20) 放送授業(テレビ) 評定Ⓐ

 

 きっと数多の放大生たちの例に漏れず、私も主任講師・滝浦先生のファンになった。内容が本当におもしろく、ここで身につけた知識をひとに話しても、ちゃんと「おもしろい」と言われることうけあい。「日本語学」と聞くとピンとこないかもしれないが、姿勢としてはそれが正解である。受講者側がピンと来てないことを前提として授業が始まるうえ、蒔いた種を毎回きちんと実らせて回収してくれるから、アハ体験を味わいたい方は必見だ。そしてこの授業を通して、自分自身に日本人としてのアイデンティティがここまであったのか、と笑ってしまった。

 試験は、中間・期末ともに択一式。「日本語」をたのしんでほしい、という講師陣の気持ちを汲んで授業をたのしめば、自ずと結果もついてくるから大丈夫。15回の授業を終えたあと、前よりずっと日本語が好きになるだろう。

 

  1. 新しい言語学 (‘18) 放送授業(ラジオ) 評定Ⓐ

 

  こちらも滝浦先生。あるていど万人受けする授業のような気もするが、「言語」を引きで見たことのある人間≒外国語を学んだことのある人間は、よりたのしめるのではないかと思う。というか、笑ってしまうのだ。わたしたちが日常で触れている「言語」って、そんなところまで理論的に解剖されているのか!と。各回でその筋の講師を招いて、対話形式で授業が進むのだが、主題が「言語」である以上、すべてがどこかで自分に関わりのある話だから、聞いていて飽きないと思う。

 試験は、中間・期末ともに択一式。この授業は、なにか別の作業をしながら流し聞きすることも多かったが、内容がキャッチーだからか、きちんと記憶に残った。印刷教材も単純な読み物としておもしろいから、真面目に取り組めばきちんと点数の取れる科目だと思う。

 

  1. 音を追究する (‘16) 放送授業(ラジオ) 評定B

 

 ヨーロッパに住んでいたこと、そこでできた友人の多くが広く音楽関係者ということもあり、個人的には「音」と聞くと、反射的に西洋音楽とそれに付随する楽器類がイメージされる。しかしこの授業では、物理学、心理学、言語学、果ては社会学といった様々な側面から「音」を解剖していく。「音」ということばが持つ意味の広さと大きさに途方もない気持ちになったが、先生方がおおくの具体例を挙げながら楽しげに話しているのを、純粋に聞けばいいと思う。

 試験は、中間・期末ともに択一式。いろいろな側面から調べて判断したところ、点数の取りやすい科目という前知識があったこともあり、評定がBだったことに大変ショックを受けたのだが(もっと取れていると思っていた…)単純に私の理解が足りなかったのだろうな、と思う。こういう分け方はあまりしたくないのだが、超文系である自覚を持って対策すればもうすこしイケたかもな、といまだに反省している。

 

  1. 西洋芸術の歴史と理論 (‘16) 放送授業(テレビ) 評定A

 

 前期にわたしが選択した8科目の中で、講師としての熱意をもっとも、かつこれでもかと感じた青山先生の授業。とにかく芸術に対する愛と誠実さがすさまじく、なんて純粋な人なんだ…と笑ってしまう。映像に使われている素材が非常に豪華で、そこも見所だ。本来ならばテレビのロケでは立ち入れないような数々の名所が映像に収められているのだが、このひとに口説かれたら、仕方ないから見せてあげようと許してしまう気持ちもわかる。「芸術」と一口に言い切ってしまうと広すぎるのだが、しかし芸術に携わる人間が、本来根源的に持っていなければならない感覚、そして決して忘れてはならない誠意を思い出させてくれる。商業主義、生産主義、実利主義のせわしない世の中にあって気持ちが揺らぎそうになったら、またここへ回帰しようと思わせてくれる授業だった。

 試験は、中間・期末ともに択一式。これは中間試験を真面目に受けて思い知ったのだが、小手先のテクニックや一夜漬け、付け焼き刃の知識で挑むと普通に打ちのめされる。よって試験対策としては、とにかく印刷教材を隅から隅まで読むと良い。個人的には、満点の自信があったぶん評定Aでも悔しかったが、別の機会にでも青山先生の授業でリベンジできればいいな、と思う。

 以上、放大生による3年前期の雑感を、駆け足でお送りした。実家暮らしとはいえ、フルタイムワーカーでありながら最短の2年で卒業を目指す身としては、上々の滑り出しではないかと思う。勉強方法や時間の確保については、別の機会にまた書くこととする。

 それでは、外出自粛を余儀なくされている現状にめげず、自分を律して勉学に励むすべての学友たちの健闘を祈る。